受容される場所
「人は一人では生きて行けない生き物」とよく言われますが、私もそのとおりだと思っています。先ほどのあばら骨の話ではありませんが、自分の欠落した一部であったり、帰属する対象を求めているような気がしてならないのです。どんなに美しい風景を眺め感動を覚えても、共感してくれる人が隣にいないのは寂しいものですよね。人には何があっても受容される場所が必要なんです。
繁栄する喜び
さらに、愛する対象と愛してくれる人格を必要としています。結婚する男女にはこの関係が大切で、また目的とも言えます。そのような相思相愛な夫婦は、新しい命を産み出す力にあふれています。愛とは繁栄する力です。見知らぬ男女が衝撃的な出会いを経て、自然の感情のまま結ばれ互いに責任を持ち合うとき、やがて繁栄へ導かれる。なんという摂理なんでしょう。結婚は繁栄する喜びを私たちに与えてくれるのです。
結婚の利点人格の完成
結婚にはたくさんの利点があります。特に大きなものでは視野が広がるという事でしょう。結婚に関わらず親しい人の価値観を通して私たちの視野は広げられ、特に分野がかけ離れているほどその効果は大きいものです。私たちにとってまったくの異分野と言えば異性でしょう。これほどかけ離れた分野はありません。これから徐々に触れて行きますが、自分の分野をはるかに超越した存在である異性とともに生活をするのですから、視野が広がることは間違いありません。また、惹かれ合う理由でもあるのですが、相互補完できるのも夫婦の特権です。他人には入り込めない心の深みにまで夫婦はかかわり合う事ができます。もう一つ忘れてはならないのが、人格の完成です。恋愛時代でも人間的に成長する事はできますが、まだまだアマチュア(?)の領域です。
二人のしあわせ
結婚と言う契約を結ぶ事によって責任を負い合い、一人ではなく二人の人生を歩む必要がでてくるわけですから、もう自分勝手は通用しません。伴侶の人生を背負い、その幸せのために責任を果たすことが優先されます。ですから、互いの幸せについてよく理解している事がとても大切なことになります。「責任を果たさなければいけないなんて、なんだか束縛されそうで嫌だな」って思っていませんか?そこがミソなんです。夫婦になろうと思う二人には必ず共通点があるもので、この共通点こそ結婚が単なる感情的な結びつきではなく、合理性を兼ね備えていることの証です。
完璧な人間関係
結婚には感情的な必要と合理的な必要のバランスが大切で、バランスのとれた夫婦は「相手の利益が自分の利益になる」という絶妙な関係が成り立つため、責任や義務を果たすことは直接自分の喜びにつながるのです。つまり結婚には、自分のために生きることで伴侶をも幸せにすることができる、完璧な人間関係を築く可能性が秘められているのです。もっと簡単に言えば、愛する人の幸せはわたしの幸せってことです。
新しい自由
この場合、互いの幸せ(目標)はまったく同じでなくてもいいんです。その気になって探せば互いの幸せが重なる部分を見つけることができるはず。他人に支持される事なく自分の好き勝手に生きる自由とは違い、少なくとも愛する人に支持され、互いに幸せになれる新しい自由がそこにはあるのです。