コラム

夫婦だと思うな

written by satoru

長年仲睦まじく連れ添うご夫婦には一つの共通点が見られます。それは、程よく仲が良いということ。外見的なものではなく、お互いの内面的な位置づけのこと。
というのは、「互いに失礼をしない」ということなんです。一見他人行儀に見えますが、夫婦とはいえ互いに独立した人格ですから、生活のほとんどを共にする上では、その人格に対する配慮を欠いてはうまくいきません。しかし、人間というものはわがままな生き物で、自分が大切にされていることを確認せずにはいられないのです。それを確認しようとして、大して疲れているわけでもないのに具合悪そうにしたり、ちょっとのことでいじけてみたりして、伴侶の愛情を試してしまうのです。これが癖になると、試す気なんてないのに、ついついわがままを言ってしまう、内面的には「もたれかかり症候群」※となってしまいます。

夫婦のどちらかが、自立せずに相方にもたれかかる状況は長続きしません。自立する秘訣は、伴侶を信頼すること、そして、伴侶の必要を満たすよう努力することです。それはまるで、カーレースのドライバーとメカニックの関係に似ています。互いの要求を満たし合うことで目標を達成することができます。またそれは信頼関係なしにはなし得ないこと。

私たちは自分自身の英知を最大限に用いて、愛する伴侶のために何をしたら良いかを熟慮すべきです。「相方は何もしてくれない」というのはその後にしましょう。まず、あなたから始めてください。その姿勢は夫婦という枠を超えてすばらしい人間関係を築いてくれるでしょう。もちろん、そう簡単にはいきませんよ!
がんばれ! アマチュア夫婦の皆さん。

※正式な症例ではありません。筆者の造語です。

愛情表現

written by satoru

男性と女性とでは愛情表現にかなりの違いがあります。すてきな服をほめてあげたいと思って「きれいなドレスだね、まるで壁紙みたいだ」と言って、失敗する男性を映画などで見て笑う妻を横目に、私は苦笑いを浮かべています。何がわるいの?と思いつつ… また、女性の美しさを賞賛するつもりで「君は笑っているだけでいいんだよ」と言っても、女性は「能力が無い」と言われたと勘違いします。家族との時間を犠牲にして、夜遅くまで働くのは男性の愛情表現の代表格ですが、忙しすぎてすれ違いが多く、日々の生活に満足感がない。というのが女性の不満であったりする訳です。

そんな勘違いやすれ違いを経験して、互いの価値観がすり合わされていくのですが、どちらかが頑固だとすり合せがうまくいかないまま年月が経ってしまうことになります。相手を理解しようとする心と、歩み寄る姿勢が双方に無いと、行き違ったまま「付かず離れず、3m離れてちょうど良い」夫婦になってしまいます。とにかく、男女の愛情表現には大きな違いがありますので、それをわきまえ、男性は女性を学ぶつもりで、女性は男性を学ぶつもりで夫婦生活をしていかなければうまくいきません。一言で言うならば「謙遜であれ」ということでしょう。自分の価値観こそが正しいと思う気持ちは誰でも一緒。「もしかしたら自分が間違っているかも」と思う心こそ円満な夫婦関係に不可欠なんですね。生活の中心である夫婦の関係を大切にするためには、何かを犠牲にしなければならないということでしょうか。こう書きながら、私も襟を正す思いでございます。

惜しみない努力

written by satoru

男と女には決して埋めることのできない深くて広い溝のようなものがあるように思います。こう書くとかなり否定的に聞こえるかもしれませんが、これは価値観の違いという簡単な言葉では片付けられないような気がします。もちろん決して否定的にとらえている訳ではありません。むしろ、だからこそ面白いのです。完全に理解できないからこそ、注意深く配慮しつつ関わる必要があるんですね。

あきらめてしまった人々は、投げやりになったり無関心になったりするようですが、それは傷ついてしまったからなのではないでしょうか。よかれと思ってしたことが思いもよらぬ結果を招き、傷つき、トラウマとなってその後の関係に暗い影を落としてしまいます。愛する人に理解されないなんて、これほど辛く悲しいことはありません。互いの価値観を認め合うには、人格の尊重なくしてはあり得ません。

互いの生活の一部始終を見ている訳ですから、粗が見えてしまうこともあるでしょうが、それが尊敬する心を失わせる理由にはなりません。なぜならば、誰にでも欠点があり、相手に嫌な思いをさせている可能性があるからです。互いの関係を保つために必要なのは、謙遜であること。それと、何より愛情が不可欠であることは言うまでもありません。愛情を保つためには、これまた努力すること以外に道はないんですね。

楽しみなこと

written by satoru

「いつも楽しそうだね」とよく言われます。こう見えても結構悩み事は多いんですが…。でもとても良い評価だと喜んでいます。なにがどうしてそんなに楽しそうに見えるのか、私には理解できないのです。
思い当たる事と言えば、楽しい事が沢山あるってことでしょうか。仕事をすること、ビールを飲むこと、それとワインも美味しいですね。ワインと言えば、スーパーマーケットで冷却用の氷をタダでもらってきて、それをワインクーラーに入れて優雅に夕食なんてのも幸せですね。ワインと相性の良い食事だと幸福感もさらにアップ。あとは、きれいな映像と迫力のあるサウンドでテレビを見ること。まだありますよ、最近買ったベンチウォーマーを着て犬の散歩に出かけること。部屋着の上に羽織って出かけます。寒い外でとても温かいって幸せですね。それに、部屋の模様替えも楽しいです。
まだまだあるのですが、こうして書き出していると、なんだか私という人物は途方もなく能天気だということが明らかになってきました。あまりボロが出ないうち、この辺でやめておきましょう。

愛するということ

written by satoru

「愛」という言葉を容易く言う事ができるようになった現代ですが、いったい 「愛する」とは、具体的に何をする事なのでしょうか。この質問に即答できる人はなかなかいません。

しかし、恋をする人は明確な答えを持っています。愛しい人に恋いこがれていた頃の私の記憶によれば、間違いなくあれは「愛」の基本形だと確信しています。単純でいて貪欲、計算なしの犠牲。愛しい人の笑顔を見る為なら、どんな事でもできました。それが、夫婦あるいは家族という組織の中に入ってしまうと、なんだか複雑になってしまうのです。

どんなに年を重ねても「はじめの愛」を忘れたくないですね。いつまでも「恋する人」でいたいなっと、つくづく思うのです。

ちょっと目先を変えて

written by satoru

大切な人を喜ばせるのはとても楽しく嬉しい事ですね。子供の頃は両親を喜ばせるために一生懸命でした。結婚すると伴侶を喜ばせようといろいろ工夫するものですが、その努力を長続きさせるのは至難の業です。なぜ難しいのかといいますと、「報いが少ない」のが理由の一つではないでしょうか。
一生懸命尽くしているのに感謝される事がなかったり、期待していた程のリアクションがなかったり。そんな不満が蓄積されるといろんな事が嫌になってくるものです。そうなる前に一つ考えてみてはいかがでしょうか。「伴侶のために」と思ってやっている事が本当に望まれている事なのでしょうか。価値観は人それぞれで違うもの。誕生日のプレゼントでも「そんなものが欲しかったんだ」なんて経験ありませんか?

あなたにしかできないこと、あなたにしか要求できない伴侶の望みとはいったいなんでしょう。以外とどうでもよいことに労力を費やしているかもしれませんよ。





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